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目次
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テキスト序文
第1章
第2章
第3章
第4章
第5章
第6章
第7章
第8章
第9章
第10章
第11章
第12章
第13章
第14章
第15章
第16章
第17章
第18章
第19章
第20章
第21章
第22章
第23章
第24章
第25章
第26章
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第28章
第29章
第30章
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テーマ)第*1章 奇跡の意味
テーマ)第*2章 分離と贖罪
テーマ)第*3章 無垢なる知覚
テーマ)第*4章 自我の幻想
テーマ)第*5章 癒しと全一性
テーマ)第*6章 愛のレッスン
テーマ)第*7章 神の国の贈り物
テーマ)第*8章 帰還の旅
テーマ)第*9章 贖罪の受容
テーマ)第10章 病気という偶像
テーマ)第11章 神か、自我か
テーマ)第12章 聖霊のカリキュラム
テーマ)第13章 罪悪なき世界
テーマ)第14章 真理のための教え
テーマ)第15章 聖なる瞬間
テーマ)第16章 幻想を赦す
テーマ)第17章 赦しと神聖な関係
テーマ)第18章 過ぎゆく夢
テーマ)第19章 平安の達成
テーマ)第20章 聖性の心眼
テーマ)第21章 理性と知覚
テーマ)第22章 救済と神聖な関係
テーマ)第23章 自分自身との戦い
テーマ)第24章 特別性のゴール
テーマ)第25章 神の正義
テーマ)第26章 過渡期
テーマ)第27章 夢を癒やす
テーマ)第28章 恐れの取り消し
テーマ)第29章 目覚め
テーマ)第30章 新たなる始まり
テーマ)第31章 最後の心眼
テーマ)奇跡の原理 50項目
テーマ)奇跡を行う者たちの特別の原則
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テーマ)まえがき
テーマ)まえがき
· 4月 28日, 2017年
赦しは、(あなたの実相/神の平安を)私たちが思い出すための手段である。 赦しによって世界の思考(つまり自我の想念)は逆転する。 赦された世界(実相世界)は、天国への門(入口)となる。 私たちの準備が整ったとき、私たちが神のもとに戻るのに必要な最後の一歩を、神ご自身が踏み出してくれるだろう
赦しは私たちが思い出すための手段である。 赦しによって世界の思考は逆転する。 赦された世界は天国への門となる。 なぜなら、その慈悲により、私たちはついに自らを赦すことができるようになるからである。 誰のことも罪悪感の虜にせずにおけば、私たちが自由になる。...
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テーマ)まえがき
· 4月 28日, 2017年
(兄弟に)赦しを差し出すこと(慈悲/慈愛)が、私たちが赦されるための唯一の方法である。 それが、(聖霊の想念/神の平安を)与えることと受け取ることは同一であるという天国の法則を反映するからである。 天国とは、神に創造されたままのすべての神の子らの自然な状態(実相)である
赦しの必要性など想像することもできない天国にあっては、赦しは知られざるものである。 しかしこの世界においては、赦しは私たちの犯したすべての間違いに必要な訂正である。 赦しを差し出すことが、私たちが赦されるための唯一の方法である。 それが、与えることと受け取ることは同一であるという天国の法則を反映するからである。...
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テーマ)まえがき
· 4月 28日, 2017年
キリストの心眼は聖霊の贈物であり、分離という幻想や、罪、罪悪感、死の実在性を信じる信念にかわるものとして、神により用意されている選択肢である
キリストの心眼(ヴィジョン)は聖霊の贈物であり、分離という幻想や、罪、罪悪感、死の実在性を信じる信念にかわるものとして、神により用意されている選択肢である。 それはすべての知覚の誤りに対する一なる訂正であり、この世界が依拠している相対立するように見えるものごとの間の和解である。...
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テーマ)まえがき
· 4月 28日, 2017年
自らを肉体と同一視することを選択しない者(つまり聖性と見ることを選択する者)であれば、聖霊のメッセージが聞こえないということはありえない
肉体の耳で聞くことの反対は、神を代弁する声を介した親交(コミュニケーション)であり、その声である聖霊は、私たち一人ひとりの内に宿っている。 その声は、か細くて聞きとりにくいもののように思われているが、その理由は、卑小な分離した自己を代弁する自我の声のほうがずっと大きいかのように感じられるからである。 これは実際には逆である。...
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テーマ)まえがき
· 4月 28日, 2017年
心が肉体を何らかの形の攻撃に使いたいと思うなら、肉体は、病気や老化や衰退の餌食となる。 肉体は、それ自体ではよくも悪くもない。 ひとえに、心が何を望むか(自我の目的か、聖霊の目的か)にかかっている
心が肉体を何らかの形の攻撃に使いたいと思うなら、肉体は病気や老化や衰退の餌食となる。 一方、心が聖霊の目的を受け入れるなら、肉体は他者と親交(コミュニケーション)をするための有用な手段となり、必要とされる間は傷つくことなく、その役割が終われば静かに横たえられるものとなる。 肉体はそれ自体ではよくも悪くもない。...
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テーマ)まえがき
· 4月 28日, 2017年
聖霊にゆだねられたとき、そうした関係(この世界における兄弟との「特別な関係」)は、地上で最も神聖なものとなり、天国へ戻る道を指し示す奇跡となる
この世界の「特別な関係」は、破壊的で利己的、そして幼稚なほど自我中心的である。 しかし聖霊にゆだねられたとき、そうした関係は、地上で最も神聖なものとなり、天国へ戻る道を指し示す奇跡となる。 この世界は、「特別な関係」を除外という究極の武器として、また分離を実証するものとして用いる。...
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テーマ)まえがき
· 4月 28日, 2017年
「卑小な自分」(自我と同一化している者)は、自らを補強しようとする。 神の創造した自己(あなたの実相)は、(平安であるために)何も必要としない。 それは永遠に完全であり、安全であり、愛され、愛するものである
「卑小な自分」は、外界からの承認、外界における所有物、そして外界における「愛」により、自らを補強しようとする。 神の創造した自己は何も必要としない。 それは永遠に完全であり、安全であり、愛され、愛するものである。 それは獲得するのではなく分かち合おうとし、投影するのではなく延長しようとする。...
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テーマ)まえがき
· 4月 28日, 2017年
私たちは、自分に欠けていると感じているものを他者の内にさがし求める。 私たちが他者を「愛する」のは、自ら何かを手に入れる(獲得する)ためである
罪は、「愛の欠如」(テキスト第1章・Ⅳ・3)と定義される。 愛は存在するすべてであるから、聖霊から見れば、罪とは罰せられるべき悪ではなく、訂正されるべき間違いである。 力不足、弱さ、もの足りなさといった私たちが抱く感覚は、幻影の世界全体を支配している「欠乏の原理」への強い執着に由来している。...
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テーマ)まえがき
· 4月 28日, 2017年
知覚上の誤りを認識することを学ぶとき、私たちはまた、そうした誤りを超えたところを見ること、すなわち「赦すこと」を学ぶ
私たちは歪んだ防衛により世界を歪曲してしまったので、本来はそこに存在しないものを見ている。 知覚上の誤りを認識することを学ぶとき、私たちはまた、そうした誤りを超えたところを見ること、すなわち、「赦すこと」を学ぶ。 同時に私たちは自分自身をも赦し、歪曲された自己概念を超えて、神が私たちの内に、私たちとして創造した自己を見る。...
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テーマ)まえがき
· 4月 28日, 2017年
私たちの見ている世界(を通して認識される知覚、そこから生じる感情)は、自らの内なる判断基準を映し出しているにすぎない。 すなわち、心の中にある支配的な想念や願望や感情の反映である。 「(心の中にある判断基準の)投影が知覚を作り出す」のである
私たちの見ている世界は、自らの内なる判断基準を映し出しているにすぎない。 すなわち、心の中にある支配的な想念や願望や感情の反映である。 「投影が知覚を作り出す」(テキスト第二十一章・序・1)のである。 私たちは最初に自分の内を見て、どのような世界を見たいかを決め、それからその世界を外に投影し、自分が見ているままにそれを真理とする。...
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