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「私はエゴに気づいた。 だからあとは聖霊にお任せするだけ。」は赦しではない - 13章より

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 「私はエゴに気づいた。 だからあとは聖霊にお任せするだけ。」 聖霊なら楽らく消し去ってくれるとあなたは思っているかもしれない。 だが、そうではないと13章に書いてあります。

 

 

聖霊に丸投げすることは赦しではない

 13章には次のようにあります。

 

 

 

自分の憎しみを見てその全容を認識することが、なぜこれほど重要なのか、あなたは不思議に思うかもしれない。 あなたはまた、あなた自身が憎しみを自覚しなくても、聖霊がそれをあなたに見せて消し去ることは、充分に容易なはずだと考えるかもしれない。

 

 奇跡講座テキスト 第13章  三 救いに対する恐れ  1. より

 

 

 

 

  この「自分の憎しみ」とは自我のことであり、すなわち幻想のことです。

 

 「憎しみ」をネガティブな感情と捉えてもいいでしょう。 端的に言えば「恐れ」ですね。

 

 「自分の幻想(自我・ネガティブな感情・恐れ)を直視してその全容を理解することが、なぜこれほど重要なのか、あなたは不思議に思うかもしれない。」です。

 

 

 端的に言えば、「自我を直視することが、なぜこれほど重要なのか、きっとあなたは疑問に思っているはずだろう。」です。

 

 

 

 次に、「憎しみを自覚しなくても」は、前文の「自分の憎しみを見てその全容を認識すること」すなわち、自我を直視してその全容を理解することです。

 

 

 ですので、「そんな自我を直視なんてしなくても、聖霊がその自我の原因はこれですよと見せて消し去ることは、聖霊の力をもってすればいとも簡単なことなはずだと、あなたは考えるかもしれない。」ということです。

 

 

 

 これはつまり、「あなたが聖霊を何と考えているかは知りませんが、自分の役割をやらずに(自我を直視せずに)聖霊に丸投げしようとしてもそうはいきません。」という意味になります。