この自己の概念が実に誇り高く装っている無垢なる顔は、自己防衛のための攻撃には寛容になれる。 この世界が無防備な無垢性を過酷に扱うというのは、周知の事実ではないだろうか。 自画像を描くにあたりこの顔を除外する者はいない。 誰もがそれを必要としているからである。 もう一方の側面は、彼が見たくないものである。 しかし、世界の学びが狙いを定めているのはここである。 なぜなら、偶像たちが確実に存続するようにと、世界の「実相」が置かれているのはここだからである。
奇跡講座テキスト 第31章 五 自己概念 対 自己 4.