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自分は何も諦めなくてよいと認識し、損失は存在しないと理解するまで、あなたは、自分が選択した道(赦し/贖罪の道)について何らかの後悔を抱くだろう

 なぜあなたは、自分が自由であると学ぶことを、苦しみからの解放として知覚しようとしないのだろうか。 なぜ、それを敵と見る代わりに、その真理を歓迎しないのだろうか。 こんなにもはっきりと標示されていて迷うことなどあり得ない容易な道が、なぜ、茨の生い茂る荒れた道や、辿っていくのがひどく困難な道に見えるのだろうか。 それは、あなたがその道を地獄に続く道と見ており、天国との内に自分自身を見出すための、犠牲も損失もない単純な道とは見ていないからではないだろうか。 自分は何も諦めなくてよいと認識し、損失は存在しないと理解するまで、あなたは自分が選択した道について何らかの後悔を抱くだろう。 そして、その選択があなたに差し出した数多くの恩恵を見ることはないだろう。 しかし、あなたが見なくとも、それらはそこにある。 それらの原因は結果をもたらしたのだから、それらはその原因が入ってきた場所に存在しているはずである。

 

奇跡講座テキスト  第29章  二 賓客の到来  1.