罪を必要とするのは誰だろうか。 寂しく孤独な者たち、すなわち、兄弟は自分とは違っていると見ている者たちだけである。 見えるけれども実在しないこの相違こそが、実在しないけれども見える罪の必要性を、正当なものに見せている。 そして罪が実在するものであったなら、これらすべてが実在することになる。 なぜなら、非神聖な関係は相違に基づいており、そこでは、各々が相手は自分のもっていないものをもっていると考えているからである。 彼らが互いに近づくのは、自分を補完し、相手から奪うためである。 そして盗めるものがなくなったと思うときまでそこにとどまり、それから次に進む。 そのようにして、彼らは自分とは異質の異邦人の世界を放浪する。 互いの肉体を傍らにして同じ屋根の下で暮らすかもしれないが、そこはどちらにとっても避難所とはならず、同じ部屋の中にいても、隔絶した世界に住んでいる。
奇跡講座テキスト 第22章 序 2.