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何かをするには、肉体が必要である。 (救済において)自分は何もする必要がない(自分で救済計画を組み立てない)と認識するなら、あなたは、自分の心から(自我の救済/神との分離の維持における)肉体の価値を退けたのである

 何かをするには肉体が必要である。 だから自分は何もする必要がないと認識するなら、あなたは自分の心から肉体の価値を退けたのである。 ここに、数世紀分の努力をすり抜けて、あなたが時間から速やかに脱出できる開かれた扉がある。 これが、今すぐに・・・・傍点)、罪がすっかり魅力を失う道である。 なぜなら、ここでは時間が否定され、過去と未来はなくなっているからである。 何もする必要がない者に、時間は必要ない。 何もしないとは休息することであり、肉体の活動が注意を要求しなくなる場所をあなたの中に作ることである。 この場所に聖霊が訪れ、そこにとどまる。 あなたが忘れるときも、また、肉体の活動が再びあなたの意識を満たすようになるときも、聖霊はそこにとどまり続ける。

 

奇跡講座テキスト  第18章  七 私は何をする必要もない  7.