状況(葛藤する状況)のさまざまな側面の代替とされているもの(真の原因は内側にあるが、その真の原因の代替として原因を外側の何かに見ること/つまり投影、あるいは偶像崇拝)は、あなたに信が欠けている(その状況と問題が同じ場所〔心〕にあるというこの真理に対する信が欠けている)ことの証しである

 状況のさまざまな側面の代替とされているものは、あなたに信が欠けていることのあかしである。 そうした代替は、その状況と問題が同じ場所にあったことをあなたが信じなかったことを実証している。 もとより問題とは、あなたの信の欠如であった。 あなたが問題をその源から引き離してどこか別のところに置くときに、あなたはこの信の欠如をあかししている。 その結果、あなたは問題を見ない。 それが解決できるという信が欠けていなかったなら、問題はなくなっていただろう。 そしてその状況はあなたにとって意味あるものになっていたことだろう。 なぜなら、理解を妨げるものが取り除かれていたはずだからである。 問題をどこか別の場所に移動させることは、それをもち続けることに他ならない。 なぜなら、あなたは自分自身を問題から引き離し、それを解決不可能なものにしてしまうからである。

 

奇跡講座テキスト 第17章  七 信を求める呼びかけ  1.