愛ある想念は、どれもみな真実である。 それ以外のすべては、癒しと助け(すなわち赦し)を求める懇請である。兄弟に助け(赦し)を差し出そうとする以外の応答は、適切ではあり得ない。 彼が求めているのは助けであり、助けのみだからである

 動機の解釈として意味をなすものは、一つしかない。 そして、それは聖霊による判断であるから、あなたの側ではまったく何の努力も必要としない。 愛ある想念はどれもみな真実である。 それ以外のすべては、どのような形をとるにせよ、癒しと助けを求める懇請である。 助けを求めて哀願する兄弟に向かって誰かが怒りをもって応答するなら、それを正当化できるだろうか。 兄弟に助けを差し出そうとする以外の応答は、適切ではあり得ない。 なぜなら、彼が求めているのは助けであり、助けのみだからである。 それ以外の何かを差し出すなら、あなたは彼の実相を自分の好きなように解釈することによって、それを攻撃する権利が自分にはあると見なしていることになる。 おそらく、これがあなた自身の心にとっていかに危険なことであるかは、まだ充分に明らかではないだろう。 助けを求める懇請を何か別なものだと信じるなら、あなたは別な何かに反応することになる。 したがって、あなたの応答は、ありのままの実相にとっては不適切なものとなるが、それについてのあなたの知覚にとっては不適切とはならない。

 

奇跡講座テキスト 第12章  一 聖霊による判断  3.