あなたは父を思い出したいだろうか。 神の子を受け入れなさい。 そうすれば、あなたは父を思い出すだろう。 嘘が真実だと証明できるものは何もないので、神の子が無価値だと実証できるものも何もない。 自我の目を通してあなたが見る神の子は、神の子が存在しないという実証であるが、神の子が居るところには、父も居るはずである。 神が否定していないものを受け入れなさい。 そうすれば、それは自らの真理を実証するだろう。 神のための証人たちは、神の光の中に立ち、神が創造したものを見る。 彼らの沈黙が、神の子を見たことのしるしである。 そして、キリストの臨在を前にして、彼らは何も実証する必要がない。 キリストが、キリスト自身と自らの父について彼らに語るからである。 彼らが沈黙しているのは、キリストが彼らに語りかけるからであり、彼らが語るのもキリストの言葉である。
奇跡講座テキスト 第11章 五 自我の「力動論」 17.