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病気を偽りの証人として知覚することは難しい。 自我を望む者たちは、あらかじめ自我を防衛する傾向がある

 病気を偽りの証人として知覚することは難しい。 なぜなら、病気とは自分の望んでいるものにはまったくそぐわないものだということに、あなたが気づいていないからである。 したがって、この証人は純真無垢で信頼できるように見えるが、それはあなたが真剣にその証人に反対尋問をしたことがないためである。 もしそうしていたなら、あなたは病気を、自我の見解を代表する力強い証人とは見なさないだろう。 さらに正直に言えば、自我を望む者たちはあらかじめ自我を防衛する傾向がある。 したがって、彼らが選ぶ証人は最初から疑わしい。 自我は、自分の申し立てに同意しない証人は喚問しない。 それは聖霊も同じである。 私がすでに述べた通り、審判は聖霊の機能であり、それは聖霊が完璧に果たす用意ができている機能である。 裁判官としての自我が下す判決は、公平な判決とはほど遠い。 自我は、証人を喚問するときにはすでにその証人を自分の同盟者にしてしまっている。

 

奇跡講座テキスト 第8章  八 手段または目的としての肉体  4.