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肉体自体を超越するために肉体を使うなら、物理的なものを通して心を顕現させることはできる

 癒しとは、肉体をコミュニケーションのためにのみ使うことがもたらす結果である。 これは自然なことであるから、全一にすることによって肉体は癒える。 それもまた自然なことである。 心のすべてが全一である。 「心の一部は物理的なものであって、心ではない」という信念は、断片化された解釈か、病んだ解釈である。 心を物理的なものにすることはできないが、肉体自体を超越するために肉体を使うなら、物理的なものを通して・・・傍点)心を顕現させることはできる。 外に拡がることによって、心はそれ自身を延長させる。 心は肉体のところで止まることはしない。 もし心が肉体で止まるなら、その目的が阻まれるからである。 阻まれた心は、自分自身に逆らったことになるので、自らを攻撃によって傷つく弱い存在ものとしてしまったのである。

 

奇跡講座テキスト 第8章  七 コミュニケーションの手段としての肉体  10.