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学習への反応が重苦しさであるときはいつでも、カリキュラムの真のゴールが見失われてしまったことに原因がある

 学ぶ者にとって、自分が習得できないカリキュラムほど苛立たしいものはない。 彼の適正の感覚が損なわれ、重苦しい気持ちにならざるをえない。 学ぶことが不可能な状況に直面することは、世界で最も陰鬱なことである。 実は、これこそが、この世界そのものが重苦しいものであることの究極の理由である。 聖霊のカリキュラムは決して重苦しいものではない。 なぜなら、それは喜びのカリキュラムだからである。 学習への反応が重苦しさであるときはいつでも、カリキュラムの真のゴールが見失われてしまったことに原因がある。

 

奇跡講座テキスト 第8章  七 コミュニケーションの手段としての肉体  8.