ひとりの人間として、また神の被造物の一員としての私の正しい思考は、聖霊すなわち普遍なる霊感からもたらされたものだが、それが私に、何よりもまず最初に教えたことは、この霊感はすべての者のためにあるということであった。 これを知ることなくしては、私自身がそれをもつことはできなかった。 この文脈において「知る」という単語は適切である。 なぜなら、聖霊は智識の間近に居るために、智識を呼び起こすからである。 あるいは、さらに的確に言えば、智識が到来できるようにするからである。 私は以前、高次の知覚、すなわち「真の」知覚について語ったが、それは非常に真理に近いために神ご自身がその小さな隔たりを超えて流れ込むことができるような知覚である。 智識はいつでもどこへでも流れ込む用意があるが、それは対抗するということはできない。 したがって、あなたにはそれを遮ることができる。 しかし、それを失うことは決してできない。
奇跡講座テキスト 第5章 一 聖霊への招待 4. /2