真の心眼とは霊的視覚による自然な知覚であるが、それは依然として訂正であって、事実ではない。 霊的視覚は象徴を見る視覚であり、したがって、知るための仕組みではない。 しかし、それは正しい知覚の手段であり、それを奇跡の正しい領域に運び込む。 「神の霊視映像」といわれるものは、啓示ではなく、奇跡である。 そもそも知覚が関わっているという事実自体が、その体験を智識の領域からは除外している。 それゆえに、霊視映像は、どんなに神聖であっても永続しない。
奇跡講座テキスト 第3章 三 知覚 対 智識 4.