誰かが何をしようとしているかについてあなたに信頼が欠けているとき、あなたは「彼は正しい心の状態に居ない」という自分の信念を証言している。 これはおおよそ奇跡に基づいた判断基準とは言えない。 それはさらに、奇跡の力を否定してしまうという惨憺たる結果をもたらす。 奇跡はすべてをありのままに知覚する。 真理の他に何も存在しないというのなら、正しい心による見方においては、完全無欠性以外の何も見えないということになる。 神が創造するもののみ、あるいは神の意志と同じ意志をもってあなたが創造するもののみが真に存在すると、私は述べた。 そうであるのなら、無垢なる者に見えるのはこれだけである。 彼らは歪んだ知覚に陥ることはない。
奇跡講座テキスト 第3章 二 真の知覚としての奇跡 3.