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再び強調されるべきは、肉体(物理的視覚が告げるもの)は創造(神の想念の延長)せず、学び(無罪性の延長を学ぶこと)もしないという点である。 学習手段である肉体(同前)は、単に学ぶ主体(心/自我の思考体系を選択する誤った心か、聖霊の思考体系を選択する正しい心か)に従うだけである

 再び強調されるべきは、肉体は創造せず、学びもしないという点である。 学習手段である肉体は単に学ぶ主体に従うだけであるが、もし肉体に独自の主導権が誤って授けられるなら、肉体はそれが促進するはずの学びそのものを深刻に妨害するものとなる。 心だけが光明を受け取ることが可能である。 霊はすでに光明の中にあり、肉体はそれ自体では濃密すぎる。 しかし心は、肉体は学びの主体ではないので学びには適さないと認識することによって、心自身の光を肉体に投ずることができる。 ただし、心が肉体を超えて光を見ることを学べば、肉体は容易にその心に同調させられる。

 

奇跡講座テキスト 第2章  五 奇跡を行う者の機能  6.