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奇跡講座で見るコロナワクチン打つ、打たない?

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奇跡講座をやっていますKENと申します。

コロナ禍いかがお過ごしでしょうか。

 

奇跡講座において、コロナワクチン接種をどう見るかを考えたいと思います。

 

 

 

一般論としてのコロナワクチン接種

まず最初に奇跡講座関係なく、一般論として見ていきたいと思います。

 

  • そもそも99%以上の人はワクチンを打とうが打たまいが、かかる人はかかるし、かからない人はかからない(=ワクチンでは左右できない)
    さらに万一かかったとしても全員が重度症状が出るわけではない
    高齢者(60代以上)であっても90%以上は無症状や軽症程度である
  • ワクチンを打ったからといって新型コロナにかかる人は0にはならない、一定数発生する
  • とにかく無症状だろうがかかりたくないという人にとっては、逆に言えば1%弱の人には恩恵がある

 

  • ただ実数で見ると、日本人口ざっくり1億人換算で100万人弱の感染者を減らせる計算になる
    (とはいえ、猛威を振るっている米国がサンプルなので、感染症対策がわりと取られている日本においては、さらに数字は少なくなると思われる)

 

 

 これらをふまえ、あなたはワクチン接種をどうとらえるか、どう判断するか。

 

 

 

奇跡講座で考えるコロナワクチン接種

奇跡講座で考えるとどう見るか

 

  • 赦しの末、本来の自分に戻っていれば、自分の心に聞くだけでどうするかは必然と回答が得られる
  • とはいえ、今の我々はまだまだ自我と同一化している人が大半なので、まだまだ赦しを必要としており、そのまま考えると自我視点の回答が出てくるので、本来とはあべこべの回答を得ることになる

 

 

ではどうしたら。

 

 

手順としては、やはりまずは赦しを行う。

 

  • 外の世界はツール。 本来の自分に戻す(贖罪)ために利用されるべき道具

 

 

この世界の真の目的は、あなたの不信を訂正するために使われることである。

 

 奇跡講座テキスト 第1章  六 必要という幻想  4. より 

 

 

 

  • 出来事があなたに影響を及ぼしている(恐れている)なら、そこに誤った信念が内在されている
  • それをよく見て取り除く(解消する/白紙に戻す)、つまり赦しを実践する

 

 

 

 

赦しが終わらないうちに判断するには

 

赦しが終わらないうちに判断に迫られたらお手上げか?

 

 

仮に、あなたが完全に自我のない本来の自分(実相)に戻った人(=聖霊と同一視点)と同等になったとしよう。

彼らには恐れは一切ない

 

「もし恐れがなければ、あなたはどうしますか?」

 

 

これを考える。

 

 

もう少し言葉を追加すると、いったん、自我に同一化している自分は脇に置き、もし自分が本来の自分に戻ったなら、どう選択するかを考える。

何度も言うが本来の自分には恐怖がない

 

「恐怖がなければ、どのような選択を自分はするだろう?」

 

 

これが結論。

 

 

 

これは各人それぞれが確認する必要がある。(おそらく人によって答えは違うと思う)

 

極論は、外の世界は一切関係ない(影響を受けない)ので、打つ打たないはどちらでもいいことになる。

 

 

 

奇跡講座的に考慮すべき点

ここからはさらに奇跡講座的な見方を考慮していきます。

 

 

仮にあなたは打たないと決めたとしよう。

執拗に誰かから(おそらく政府からはないとは思うがその場合も想定して)打つように迫られたとしよう。

 

奇跡講座的に言えば、それは打ちなさい

 

 

あるいは、打つと決めたとしよう。

誰かから執拗に打たないでと懇願されたとしよう。

 

奇跡講座的に言えば、それは打たないでおきなさい

 

 

 

なぜそうなるのか。

以下の2文を見て欲しい。

 

 

 

あなたがそれを何としても拒否しようとして、反射的に対抗意識を経験するなら、あなたは自分の救済がそれを行わないこと・・・・・・傍点)の中にあると信じていることになる。

 

 奇跡講座テキスト 第12章  三 実相に思いを投入する  2. より

 

 

 

何が重要でないかを認識しなさい・・・・・・・・・・・・・・・傍点)。 そして、もし「法外」と言えるような何かを兄弟があなたに求めるなら、それが重要でないからこそ・・・・傍点)、それをしてあげなさい。 それを拒むなら、あなたの反対によって、それがあなたに重要なことだという事実が確立される。 したがって、その要求を法外なものとしたのは、他ならぬあなた自身である。

 

 奇跡講座テキスト 第12章  三 実相に思いを投入する  4. より

 

 

 

 

さらに極めつけはこちら。

 

 

 

それならば、覚えておくべきは、あなたが外側を見て、そこに見えるものに好意的でない反応をするときはいつでも、あなたは自分自身を卑しむべきものと判断し、自分自身に死刑の宣告を下したということである。

 

 奇跡講座テキスト 第12章  七 内側を見る  13. より

 

 

 

 

つまりは結局、こういうことです。

  • 外の世界は関係ない
  • 本来のあなたは外の世界がどうであれ一切影響を受けない(傷つかない)
  • にもかかわらず、外側の出来事に抵抗するとしたら、あなたの幸せは外側の世界に依存していることになる

 

 

何であれこの世界の中にあるもので、良きもので価値があり獲得するための努力に値するとあなたが信じているものは、あなたを傷つけることができ、実際に傷つけるだろう。

 

 奇跡講座テキスト  第26章  六 定められた友  1. より

 

 

 

  • よって、外の世界をそのままに、あるがままにしておけばいい

 

 

あなたの役割は単に、自分が価値を認めているものが何らかの関係から得られることを自分は望まないと、覚えておくことだけである。 それは、その関係を損なうことも、自分なりのやり方でそれを癒すことも選択しないということである。

 

 奇跡講座テキスト 第16章  一 真の共感  3. より

 

 

 

 

この自然な選択が可能なように、赦しを行いましょう(幻想を直視しましょう)ということです。

 

 

 

私たちの任務は、すべての妨げをまっすぐに見つめ、それを厳密にありのままに見るという必要不可欠なプロセスを続けていくことだけであり、しかもできるだけ速やかに続けていくことである。

 

 奇跡講座テキスト 第15章  九 聖なる瞬間と神の魅力  2. より

 

 

 

 

以上、KENでした。