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奇跡の原理28.「奇跡は手段であり、啓示は目的である」は「啓示は結果である」では?掲示板投稿者様への回答

最終更新:  作成開始: 4-07-30 最後↓

 

掲示板投稿者さまへ、こちらに回答します

質問者様より掲示板にメッセージがありましたので、ブログ記事としてこちらに回答します。

 

 

 

投稿されたメッセージを引用

掲示板 https://acim.jimdofree.com/掲示板/ に エム さんからメッセージがありました


  • エム

    KENさんこんにちは
    奇跡の原理を読んでいてなんだか違和感がある部分があるのですがKENさんはどう思われるか教えてください

    奇跡の原理28
    ー奇跡は手段であり、啓示は目的である。

    原文に詳しい方に教えてもらうと
    原文はMiracles are thus a means and revelation is an end.
    「啓示は目的」の部分は
    revelation is an end.
    だそうです

    啓示は目的と言われると私の思考は途端に掴みどころの無い雲の中に放り込まれたような感覚になり思考停止状態です

    奇跡は手段はその通りだと思います
    啓示は結果と言われるとなんだかスッキリします

    endという単語は目的という意味だから間違いはないのではないかという事なのですが、啓示を目的にしてしまったら私達学習者は途端に迷宮に彷徨う事になるのでは無いでしょうか?
    これは誤訳なのでしょうか?
    それとも私が赦しの側面で理解が足りない部分があるのでしょうか?
    KENさんはどう解釈されますか?

  •  

KEN(管理人)による回答

ワプニックさんは著書『奇跡の原理』の序で概ね次のように語っています。

 

「テキストの冒頭しばらくは、表現としては矛盾も多く一貫性に欠けているところが目立つ。だが教えについては何の問題もない」

 

 

私もワプニックさんに同意します。

 

ご質問ですが、

>奇跡の原理28.「啓示は目的」に違和感がある

>「啓示は結果」だとスッキリするので誤訳では?

 

先に結論を申し上げますと、私の見解では誤訳ではないと考えます。

 

 

奇跡の原理28.の全文を引用します。

 

 

 

 奇跡は恐れからの解放を獲得するための方法である。 啓示は恐れがすでに廃されている状態を引き起こす。 したがって、奇跡は手段であり、啓示は目的である。

 

 奇跡講座テキスト 第1章  一 奇跡の原理  28. より 

 

 

 

 

まず「啓示」が難しいですね。

テキストの前半にしか登場しません。

「啓示」はの臨在の開示とするのが適切なのでしょうが、ここではそのの臨在を感じられる状態として「本来の自然な状態の自分」のことを指しているのでしょう。つまり贖罪された自分ですね。

 

そうすると、本来の状態に戻す手段は「奇跡」、その状態に戻ることつまり贖罪が「目的」とするとスッキリします。

 

テキストではこのあたりが関連していると思われます。

 

の子供たちの生来の仕事である贖罪がその目的である」(T-1.Ⅲ.1:10

 

 

 

食べ物を例にして恐縮ですが、

何かの食材を「奇跡」という手段を使って調理して、「啓示」という結果が生じるという理解だと奇跡講座の教えに沿っていない印象を受けます。 「変化」を暗示しています。

食材を「奇跡」という手段を使って昇華させ、本来の食材に戻すことが「目的」だとしっくりきます。 食材として見えなかったものが食材に見えるようになる、と言えばいいでしょうか。 変化ではなく「元に戻る」ことを示唆しています。

 

 

【追記】

また「啓示は結果である」としなかったのは、奇跡のあとに必ず啓示という「結果」があるという印象を与えたくなかったからかもしれません。 でも「贖罪」を「啓示」と単に表してしまっただけかもしれませんね。

 

 

 

とても深いレベルで学習されている方がいるのを知って、驚きとともに嬉しく感じます。

ありがとうございます。