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今のあなたに赦しは絶対にできない。その理由

最終更新:  作成開始: 5-09-24 最後↓

 

今のあなたに赦しは絶対にできない。その理由

ズバリ一言で理由を言おう

かつて「奇跡講座なんてやらなくていい。赦しなんて必要ない」という記事を書いた。

まったく記事の内容の通りなのだが、もっとシンプルに別の表現で、一言で理由を言いたいと思う。

 

その理由とは――

 

「嫌だから赦す」。 これは機能しない。

 

 

 

それはなぜなのか?

 

 

 

なぜ「嫌だから赦す」は機能しないのか

今の現状が嫌だから、この関係がイヤだから、今感じている感情が嫌で、それを何とかしたいから、なんとかするためにあなたはさまざまな手立てを講じてきているはずだ。 そのために今、また別の方法として「赦しというもの」に取り組んでいる。

 

それではムリだ。 上手くいかない。

 

 

これは奇跡講座の中でその取り組み方では上手くいかないと、多くの箇所で記述されている

 

赦しを「嫌なこと、つまり今問題だと感じていることを解決するためのやり方」として扱う限り、それは本来の意味を失い、むしろ逆効果になる。 (つまり幻想を強化している。)

 

 

 

『奇跡講座』から一節を抜粋

『奇跡講座』ワークブックには、こんな一節がある。

 

「あなたが純粋な赦しについて感じる主な難しさは、赦すべき対象が幻想ではなく真実であると、あなたが今でも信じていることから生じる。」(ワークブック編 レッスン134

 

 

この一文に、赦しの本質が凝縮されている。 赦しとは「嫌な現実を別のものに塗り替える」作業ではない。 むしろ「嫌な現実そのものが幻想である」と見抜き、その執着を手放すことが赦しとなる。 つまり赦しは、世界を修正するために行うものではなく、自分が世界{兄弟、つまり嫌な相手}に対して抱いている誤解{勘違い}に気づいていくプロセス。 

 

赦しが「何かを正す努力」ではなく、「幻想を幻想として認め、もはや価値を与えない選択」だということを意味している。

 

「嫌だから赦す」という姿勢は本質から外れている。 嫌なものを力で押しのけようとする限り、それは赦しではなく抵抗となる。抵抗の裏には必ず執着がある。 執着がある限り、幻想はより強固に見える。結果として、赦したつもりで逆に幻想を強めてしまう結果となる。

 

 赦しとは、嫌なものを消すことではなく、「それが実在しない{つまり幻想である}」という前提を受け入れ、幻想直視を通してはっきりと認識すること。 「奇跡講座の赦し」は、現実をねじ曲げるための魔法の杖ではなく、「真実以外のものは無意味{幻想}である」ということに気づかせてくれる究極の愛である。

 

 

さらに赦しが出来ない理由として、これよりも衝撃な事実が発覚するが(そしてもっとシンプルなことだが)・・・この超原則は「セッション」か「新クラス(仮)」にゆずることとする。

 

 

 

無意味なエネルギー消耗

いずれにせよ、この「なんとかするために」画策していること自体が、まぎれもないエネルギーの無駄遣いである。 つまり幻想と闘っているということ。 何の意味もないことに加担し、自分をかえって縛る結果にしてしまっている。 (意味があるとすれば、どのようにやろうがうまくいかない経験を何度もすることで、このやり方では絶対に無理だということを悟れるようになる、あるいは自分ではどうやっても不可能だという認識に至れるようになるーこれが奇跡講座でいうところの「自分は何も知らない」ー、という一点において意味がある)

 

私自身、今だに「嫌だから赦す」を試みてしまうのは事実だ。(とはいえそれがダメだ、やってはいけない、ということではない。 止められるものでもない) 苦しみが減るどころか問題がただただ変遷する{移り変わる}だけで、根本的に解決できない経験を数多くしてきた。 そして、真の赦しによって根本解決も見てきた。 だから今ではそのことがはっきりと分かる。

結局、そのような赦しをやろうとすればするほど、結果「赦せない自分」を目の前に突きつけられ、自己否定が深まっていく、そんな悪影響も存在する。

 

 

つまり、今のあなたは――

 

まったく意味のないことに取り組んで転げ回っているだけ、ということ

 

 

 

 

信じられるだろうか?

「本当にそんなことが書いてあるのか?」と思う人も多いだろう。信じられないかもしれない。だが、もしそれが事実なら――

 

どうすればいいのか?

幸せになるにはどうしたら・・・

 

 

選択肢はいくつかある。

  • 時間をかけて『奇跡講座』を徹底的に読み込んで独学で結論を出す(あなたには出来るかもしれない)

  • そのうちでいいのなら「新クラス(仮)」を待つ

  • 終止符を打ちたいのならセッションに参加する

 

 

 

最後に。

赦しは「嫌だからする」ものではない。(実は、赦し以外もそうだ) 「奇跡講座の赦し」は、嫌な現状を消し去る方法ではなく、幻想を幻想として手放す行為だ。その違いを理解しない限り、赦しは絶対に機能しない。

 

そしてさらにもっと強力な原理原則が存在する。

 

 

だからこそ――

 

原理原則を理解し、体験を通してはっきりと認識することが重要である