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ワークブックをまったくやる必要のない人は存在する、これも奇跡講座に書かれている

最終更新:  作成開始: 4-12-21 最後↓

 

ワークブック編に書いてある

 それはレッスン39に存在する。

 

 

 

そもそもあなたは、罪悪感が地獄であると信じているだろうか。 もしそう信じていたなら、「テキスト」がいかに単刀直入で簡明なものか、すぐにわかっていただろうし、「ワークブック」もまったく必要なかったことだろう。

 

 奇跡講座ワークブック 第一部  レッスン  39   2. より

 

 

 

 

 これが信じられていれば「ワークブック」はまったく必要なかったという内容。

 

 「これ」とは一体何だろうか。

 

「罪悪感が地獄である」である。

 

 「罪悪感が地獄である」これがまだ明確に信じられていないからこそ、ワークブック編が提供されていると見ていい。

 

 さて、「罪悪感」とは何だろうか。

 「罪悪」とは分離、すなわちとの分離であるから、「罪悪感」とは分離していることによる嫌な感情のことである。

 

 つまり、超端的に申し上げれば「嫌な感情」である。

 これこそが「地獄」だとここでは言っている。

 

 そしてこれは相手や誰かが原因ではなく、自分に原因があるということを指している。

 要するに、自分に問題があると見て取れるか、ということである。

 

超要約すれば、「イライラするのは自分の問題」となる。

 

 このことがしっかりと自分のものにできていれば、365日にもわたるワークブックのレッスンは必要ない、と奇跡講座は言っている。

 

 私自身、「ワークブック」はやる必要がなかった。 現に通してはやっていない。 「テキスト」もすぐに自分の理解したことが書いてあると直観した。

 

 つまり、「罪悪感が地獄である」を明確に理解していたということになる。

 

 

 関連動画:KENの付箋シェア会 最終版4/7【第1回】(#4)

 

 

 

私は誤解していた

 5年前のセッション開始当時、次のことがまだ理解できていなかった。

 赦しに取り組む人は当然、この「罪悪感が地獄である」の理解があるものだと誤解していたのだ。

 

 実際にセッションを重ねてみると、9割以上の人がそこで躓いているように感じられる。

 

ほんとうに自分の問題としては真には受け止めていないのである。

 

 もちろん私のようにワークブックをやらずとも赦しに向き合える人も中にはいる。

 だが、そのほとんどはそうではなかった。

 

 これがセッションを通して私が理解したことである。

 

 

 

本気ならワークブックをやろう

 結局のところ、ワークブックをやる意義はここにある。

 

「罪悪感が地獄である」を明確に自分のものにすること、である。

 

 つまり「イライラするのは自分の問題」だと本気で心から宣言できるようになる、ということだ。

 それは、心の底でこの考え方がたえずロックしている状態になっている、ということだ。

 あるいは、決してブレることのない基盤となっている、ということだ。

 いつでも即座にこの考え方を引き戻せる状態になっている、ということだ。

 

 これが出来るようになるまでは、ワークブックをひたすら練習する必要がある。

 こう宣言できるようになれば、ワークブックはいつやめても構わない、とも言える。

 

 「まだ宣言できないし、よく分からない、でもワークブックも続かない。 ましてやテキストなんてまったく歯が立たない」そういう人は多い。 それはそれで構わない。 だが赦しは機能しないので、準備が来るまで待とう。

 

 いずれ人類は皆ここを通って行かなければならないのだから。

 

 

 当方セッションにて赦しの実践支援を受ける場合にも、この宣言は必須である。

 

 

 

ワークブック自体は赦しではない

 ワークブックのレッスンをやっているからといって、それが「赦しをやっている」ということにはならない。

 

あくまでもずっと手前の準備段階である。

 

 奇跡講座をやっていますとは言えても、「私は赦しをやっています。」とは言えない。 (言うのは自由だが。)

 

 そんなものはまだ赦しでもなんでもないのだから。