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復活したキリストは、神の子(あなた)による自分自身の赦しを象徴するものとなる。 神の子が自らを、癒されて全一な者と見ていることのしるしである

 今日は棕櫚しゅろの主日である。 勝利を祝い、真理を受け入れる日である。 私たちはこの聖週間を、神の子の十字架刑について思い煩いながらではなく、神の子の解放を祝いながら幸せに過ごそう。 復活祭は平安のしるしであり、苦痛のしるしではないからである。 殺されたキリストには意味がない。 しかし復活したキリストは、神の子による自分自身の赦しを象徴するものとなる。 それは、神の子が自らを、癒されて全一な者と見ていることのしるしである。

 

奇跡講座テキスト  第20章  一 聖週間  1.