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心は、自らの空想を肉体が実際に演じていると信じていない限り(自分の思いで内側や外側の世界をあるべき形にすることができる、思い通りにできると信じていない限りそう信じているからこそ)、心の罪悪感をますます肉体(自我の眼に映る世界/卑小な自己や外側の世界)に投影することにより、肉体(同前)を攻撃する

 心はつながっているが、肉体はそうではない。 肉体の特性を心にあてがうことによってのみ、分離が可能であるかに見える。 そうして心のほうが、断片化されて私的で孤独なもののように見えている。 心を分離させ続けているのは心の中の罪悪感であり、その罪悪感が肉体に投影されている。 そして肉体は、苦しみ死んでいくことになる。 なぜなら、心の中に分離を保ち、心に自らのアイデンティティーを知らせずにおくために、肉体が攻撃されるからである。 心は攻撃できないが、空想を作り出して、肉体がそれらを演じるように仕向けることはできる。 だが、満足をもたらすように見えているのは、決して肉体の行うこと自体ではない。 心は、自らの空想を肉体が実際に演じていると信じていない限り、心の罪悪感をますます肉体に投影することにより、肉体を攻撃する。

 

奇跡講座テキスト  第18章  六 肉体を超えて  3.